教育の格差

子供の教育費をどこまでかけるか。

これが最近の夫婦の会話のお題。主人は塾や勉強にかける教育費はあまり親からかけるものではないとの考え。私は、出来るだけはやいうちから教育にお金をかけて出来るだけ選択肢を増やしてあげたいと思っている。どれが正解でどれが間違いかはわからない。だけど住んでいる場所は地方の田舎。教育も最先端ではない。それを考えると子供が高い志をもって頑張りたいと思ってもサポートなどが無いとなるとその夢は夢で終わってしまう可能性が高い。高い志があるならばそれをかなえられる道を照らしてやるのが親ではないか。そう主人に言うのだが、主人の言い分は私のエゴだという。エゴ?なぜ?と聞くと私の夢が夢で終わっていることを知っているのでそれを子供に押し付けているという。自分の中でそうではないと思っても主人からはそう見えるらしい。何か私の考えを否定された気分だ。だけど、当の子供はかなり頑張りはいるだろうけれど高い夢を持っている。それを聞くと全力で支えてあげたいと私は思っている。だけど教育の質から言うと都会に比べると地方はかなり低い。周りの環境もかなりレベルが低い。だから東大やレベルの高い学校を目指して進学する子が多いのは都会の方が多いのだろう。地方ではその学年に1や2人が関関同立に行くぐらいのレベル。塾もこういうと失礼だけどかなり低い。みんな塾に行っているが半分以上が塾の格好の餌食になってる気がしてならない。仮にそうであっても費用対効果で効果が出ていればいいが、ほとんどがそのままその塾で浪人。なんどかチャレンジしてだめならレベルを下げて、夢が夢になっていく。それはどうにか阻止したい。そうすると早いうちから環境の整ったが学校に(都会の方)進学するのがいいのではないかと思っている。頑張りたい気持ちがあっても周りの環境が下降なら無理に近い。よっぽどそれをはねのける力があれば別だが、ほとんどの子がそのまま下降してしまう。
国の教育の格差をなくしましょうと言っているが我が子に関わってくるときに間に合うとは思えない。それならば親が整わすべきではないかと思う。今夜もまた、お酒を飲みながら国会なみの討論が繰り広げられるだろう。テックキッズスクール オンライン プログラミング

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